袴について

会主 丸山維敏

  

今回は合氣道の有段者が着ける袴について記したいと思います。

その前に、稽古衣は白、袴は紺、あるいは黒なのは、何故かご存じですか。

それは元来「白」は清浄を表わします。キリスト教でも結婚式では白の服を着ます。万国共通ということでしょうか。

稽古衣の白は清浄のみでなく、天、すなわち宇宙をも意味します。ヘソ曲がりの人は宇宙は真っ黒の闇で黒だというでしょうが、稽古衣を武道に励む人が着たのは明治維新以前からです。当時、ハップル望遠鏡などありません。因みに、宇宙探査の為、これを創ったのは一九九〇年に米国がうちあげたスペースシャトルの為にです。

さて、袴は紺、あるいは黒、これは地、すなわち地球を表わします。

もうおわかりでしょう。有段者は「天地」を着て、天地と一体となっているのです。

開祖植芝盛平先生は「吾れひとり舞えば天地舞う」と言われました。そして、開祖は、「私は神である」とも言われました。神は天を意味します。従って開祖は上下共白色で稽古をつけられたこともありました。

晩年の開祖の「受」を専門にとらせて頂いた私としては、懐かしい思い出です。

さて、袴ですが、袴の折り目が前から見て右に三本、左に二本あるのをご存じですか。

これは古代中国で孔子が唱えた儒教から来たものです。孔子は人が生きる為に守らなければならぬこととして「仁義礼智信」と五つの徳目を定めました。特に一番大切なものとして「仁」を頭に持ってきました。仁とは「おもいやり」ということです。これは人間以外の動物には無いものであり、また人として、絶対に無くてはならぬものなのです。今の世を見るに、特に戦後生まれの人達に、この「おもいやり」が無い、すなわち自分さえ良ければ、それで良い。だから金が欲しければ闇バイトに応募して、高令の老人を縛った上に殴る、蹴るして殺してしまう。恋人にふられれば執拗につけまわして刺し殺す。何処に「仁」がありますか。

「仁」とは人が二人と書きます。よく聖地巡礼の方が笠に「同行二人」と書かれてあるのをご存じでしょう。一人は自分、もう一人は仏教で言う「菩薩や如来」が常に同行しているという意味です。つまり仏の心を持って人に接するということです。

次の「義」は「人として守るべき正しい道」です。縮めて言えば「正義」です。「礼」はおわかりでしょう。

袴の折り目の右三つ、すなわち「仁義礼」は他人、相手に対する態度です。左二つの「智信」は自分に対してです。

因みに後ろの折り目は二つ。これは「忠孝」を表わします。この二つも今はありません。淋しい限りです。

以上